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詩・散文・エッセイなんでもコォ━━━━щ(゚Д゚щ)━━━━イの徒然日記
UMA
人間から灰汁が抜けてくると

虚飾を脱ぎ捨てどんどん謙虚になる

ええ、抜けたのは髪なんですけどね

もう不毛という言葉を使うことすら厭わしい

人々の罵り合いを見ても

大抵は五分五分の係争にしか見えない

犬の散歩をしていると気づくことがある

草に鼻を突っ込んで匂いを嗅いでいる

立ち止まってしまうのだが

そういう時に無理に引っ張るといやがる

けれど好きなようにさせて待っていると

満足してまた歩き出すのだ

発見があってもなくてもかまわない

大切なのは犬が満足することなのだ

見よ! 未確認生物河童が発見されたぞ

しかも陸に上がっている

学会に報告して生物史をぬりかえよう

という発見はなくてもいいが

正しくても間違っていても

大切なのは人が満足することなのだ







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彼:「人類は未だ幻想に惑い、迷妄に深く沈んでいる。彼らが目覚めることなどあり得ようか?」

彼女:「あるわよ、あなたからその無駄なセックスアピールが消えたころにね」

彼:「では、いよいよのようだな( ゚д゚ )クワッ!!」






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生きろ!と気張りはしないけど
私は死ぬのがイヤなので
明日もきっと大丈夫

 (これはこのコピーを貶めるものではない
 今はこうでも言わないと死んでしまう可能性があるのだ)

いつだって()の中を注意しなきゃダメだぜ

(生活苦で)死にたい
(こんなところに閉じ込められているくらいなら)死にたい
(好きな人が死に体で会えないから)死にたい

そこにあるのは理解しようとする努力、のみである

けれど私は生に対して一種楽観的なところがあって
覚えているんだよ
幼い日の楽しかった思い出を

夏の学校の帰り道
誰よりも早く帰ろうと急いだ
目の前に誰もいない通学路
照りつける陽射しに蝉の声

そんな時世界は私のもので
すべてはよしなんて思えて
基本的に生きるのは楽しいという思いが胸にあり…

といってもこれは万人向けじゃないかな
けどキミも楽しかった思い出、ない?






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誰からも愛されなかったと嘆くニートが一人
生まれてくるんじゃなかった、と言い残し
ある日首をくくってしまった

それからしばらくして
彼の家に無数の恋文のようなものが届く

郵便局には
宛先不明のラブレターがたんまりため込まれていて
秘密情報保護法のために先方に詳細は伏せられていたのだ

手紙には切ない思いが異口同音につづられていた

 どこにいるの、にーにー

 会いたいよ、にーにっ

空からそれを見て彼は涙ながらにつぶやく

 なんだ、皆人が悪いよ、生きている間に言ってくれればよかったのに…

――閑話休題

たしかに、甘い砂糖菓子のような作り話かもしれない
けどにーにー、キミが知らないことがまだたくさんあるんだよ
行きついて振り返った時にだけやっとわかるようなことが

道の途中の今は
死の国から逃げ出すオルフェウスもスサノオもそうだったように
振り返ってはいけないけれど

という話も無きにしも非ずなので
ぼくらはとりあえず漂い生きる





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フロベールのボヴァリー夫人のように、本を読みすぎて、実生活もまた作り物だ――あるいは冗談、作り話、嘘だ――と信じてしまう人物も現れる。十九世紀においては、才能ある多くの人間が自殺を遂げたが、それは、現実と夢が交錯し、たがいの輪郭を曖昧にしてしまうような両義的世界を生きていたからだ。このためド・クインシーやコールリッジは阿片に、ポーはアルコールに、ベドーズは自殺へと追いやられた。ショーペンハウアーはこのジレンマの本質をとらえて、『意志と表象としての世界』というタイトル自体にそのことを表現した。…… 
 *1

 十九世紀のヨーロッパの社会状況と現在を見比べることで何か得られるものがないだろうか。活版印刷はやはりかなり画期的な発明でそれによって本が多くの人の読めるところとなり、小説が登場するころにはここに引用したような状況が表れてきていた。“意志と表象”という言葉は我々にしてみると何を意味するのか捉えるのが少し難しい。と、ここでそのショーペンハウアーに影響を受けた哲学者ニーチェの文もたどってみよう。

真理が仮象よりも価値が多いなどということは、もはや一つの道徳的先入見である。それどころか、それはおよそ世界に存在する最も拙劣な証明に基づくものなのだ。とにかく次の一事だけは是非とも容認してもらいたい。すなわち背景的な評価と仮象性に基づかずには、全く生というものは成り立たない。そして、大概の哲学者たちの有徳ぶった感激と愚昧によって、「仮象的世界」を全く棄て去ってしまうとしたら――さて、諸君にそれができるとしてのことだが――、そうすればその際、少なくとも諸君の「真理」からはもはや何も残らないであろう!…… 
 *2

 部分的な引用で文意をくみ取るのは難しいかもしれないが、この文中の“真理”を“リアル”と、“仮象”を“ネット”と置き換えて読んでみてほしい。意味が通じはしないだろうか。二十一世紀を生きる我々も夢と現実がたがいの輪郭を曖昧にする両義的世界をまた、生きているのだ。十九世紀ヨーロッパの人々は浮かれていたかもしれないが、その後何が起こったかを忘れないでほしい。歴史は繰り返すという、太陽の下に新しきものなしともいう。何度も言いたいが現代がまっさらな教訓にすべき過去を何も持たない新たな時代だ、などと思わないことだ。歴史を紐解けば符合するポイントはそこここにあり、学べることはいくらでもあるはずだから。



*1 コリン・ウィルソン著 『わが青春わが読書』柴田元幸監訳 学習研究社 1997.12.1発行第1刷 p62-63
*2 ニーチェ著 『善悪の彼岸』木場深定訳 岩波文庫1992.9.20.第28刷発行 p61-62




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